どこまでが変態で、どこまでが愛か 後編

意味深なタイトルの後編ですが

 

事実はどうであれ、ゴッホの耳切り事件について子供の頃に聞いた

「自分の耳を切って好きな人に贈ったんやよ」

 

 

を強烈に覚えていた僕でした

 

 

20年程前のある日、当時の携帯電話で友人に電話して連続で圏外だった時に

このゴッホの耳切り事件を思い出し

気付いて(当時の僕也の偏った見解ですが)しまったんです

 

そして急いで母に電話を

 

「ゴッホが耳切った理由分かったんやて

 

ゴッホは…

耳を贈った好きな人の”声”が聞きたかったんやわ

 

要するにゴッホは画家と言うより、発明家やったの

電話の無い時代に、アル意味で電話を発明したんやて」

 

 

これを聞き母は無言でしたが、この時の快感は今でも覚えている程です

 

 

 

そう

ゴッホは画家と言うより発明家(想像家)だったんだ

 

子供の頃から彼の作品の良さを素直に感じれなかった僕に衝撃が走りました

 

 

リスペクト・ファン・ゴッホ!

 

 

そして描き始め

 

完成しました!

 

 

ゴッホの耳を描きました

タイトル

「発明家ゴッホの耳」

 

今ではテレビ電話があるので、耳の中心部分に眼球も描いておきました

 

 

 

この作品を描き

こういう話を皆さんにする様になり

 

そこで賛成派が少なかった事

ゴッホにやけに詳しい人達が多い事

むしろ否定派が多かった事

等々ありまして…

 

棄てようかと思ったんですが

好きな作品だったので

 

「Video Phone」

 

 

 

と名前を変え、今も我が家に眠っています。

 

 

芸術品の価値は「上手いか下手か」じゃなく「好きか嫌いか」「面白いか面白く無いか」の方が重視され

世間の評価より一部の熱狂的な人達(カナリの少数派)の評価が価値と直結している

ので

彼は生前1作品しか売れてないとは言え、死後に”超勝ち組”になった訳ですね

 

 

僕は弱い人間なので生きてる間にもっと大成したいですね

 

はい、します。